いま起きている最新のニュースをお届け

・Novel

今井 ゆみ


ニューヨークピュアラブストーリー
日本の商社のニューヨーク支店に勤める隆が、妹のゆみとニューヨークで暮らす二人暮らしのハートフルホームコメディ。

ケネディ空港
隆は、ニューヨーク支店の総務部勤務だ。総務部なので、日本からニューヨークへ転勤してきた社員や社員の家族たちのニューヨークでの暮らしをサポートするのも仕事の一つだ。

ニュージャージー病院
ニュージャージー州の病院で生まれたばかりの妹を連れて退院する日、隆の両親はトラック事故にあって亡くなってしまっていた。

不幸の事故
生まれたばかりの妹を抱っこして、病院の出入り口を出た隆の目前で、父と母の両親は、やって来た大型トラックに轢かれた。すぐに病院の診察室に運ばれたが、そこで死亡が確認されてしまった。

コロンビア大学
妹は、生まれつき病弱な身体だったため、長時間の飛行機に乗ることは無理だった。隆は、ニューヨークに残り、妹を1人で育てていく決意をした。

ニューヨーク支店
日本の祖父母は、生まれたばかりの妹と2人だけになってしまった隆に日本へ帰ってこいと伝えたのだが、隆は妹とニューヨークに残る決断をした。

商社勤務
高校卒業後、進学を諦め、生まれたばかりの妹を1人育てていく決断をした隆のことを、父の働いていた商社に勤務できるように尽力してくれたのが、父の同僚だった岡島さんと岡本さんだった。

由香
由香は、ベッドで眠るゆみの姿を愛おしそうに眺めていた。隆は、これから妹と2人で暮らしていくための部屋の模様替えに忙しそうだった。

プロポーズ
プロポーズらしかった言葉は、恋愛に鈍感な隆には通じず、そのままスルーされることとなってしまった。

遠距離恋愛
結局、由香は、隆とゆみを残して、日本へ帰国した。もし、ゆみちゃんの子育てで困った事があった時には、すぐに私に連絡するのよと隆にはしっかり伝えておいた。

岡島さん
岡島さんと隆の父とは、同じ会社の同期だ。さらに、岡島さんの奥さんと隆の母は、大学時代の同級生だった。妹のことを1人で育てる隆の事を色々サポートしてくれた。

良明くん
岡島さんの一家は、一番上、長男の良明、妹のゆみと同い年の桐香、さらにその下に隆の同級生と同じ名前の、次女の由香、三女の京香と6人家族だった。

桐香ちゃん
岡島さんの長女、桐香は、妹のゆみと同じ病院で、ゆみは新生児室に入っていたため、退院の時期は少しずれていたが、同時期に生まれた同い年だった。

フリーウェイ
隆は、岡島さん一家の荷物をオールズモービルのトランクに積むと、ケネディ空港の駐車場を出て、フリーウェイをリバーデールの自宅へと走らせた。

ジョージワシントンブリッジ
ケネディ空港のあるニュージャージー州から隆たちの住むリバーデールへは、ジョージワシントンブリッジでハドソン川を渡ってマンハッタン側に移動する。

リバーデール
隆は、今夜はケネディ空港に岡島さん一家をお迎えに行ったら、マンハッタンの会社には戻らず、そのまま自宅に直帰しても良いと許可をもらっていた。

リバーサイドテラス
隆たちの住むアパートメントは、ニューヨーク支店の会社で手配してくれたリバーデールのハドソン川沿いに在るリバーサイドテラスというアパートメントだった。

ゆみ
妹のゆみは、隆のことをお兄ちゃんと呼んでいるのに、日本にいる由香のことはお母さんと呼んでいた。

由香お母さん
岡島さんの次女は、隆の高校時代の同級生の由香と漢字もまったく同じの同名だった。あの頃、隆くんとよく一緒にいた由香のことを思い出して、由香と名付けたらしかった。

リモート子育て
日本の大学に通うため帰国した由香だったが、オンラインツールを最大限に屈して、リモート上ですっかりゆみの母親になっていたのだった。

飛び級
アメリカの学校には飛び級という進級の制度があった。生まれつき病弱で家に篭りがちだったゆみは、自然と勉学が得意になって、2年生から3年生への進級の時、飛び級で5年生に進級した。

隆お父さん
ゆみは、由香のことはお母さんと呼ぶのに、隆のことはお父さんとは絶対に呼ばなかった。以前、お父さんと呼んでと聞いてみたら、即答で却下された。

P.S. 24
父親の転勤で、日本からニューヨークに引っ越してきた岡島さんの子供達は、来週から近所にあるニューヨークの小学校に通うことになっていた。

ゆみの登場
隆はリバーデールのリバーサイドテラスというアパートメントの7Fに住んでいる。岡島さんは12F、岡本さんは4F2住んでいる。

日本語と英語のごちゃ混ぜ会話
生まれてからずっとニューヨーク暮らしのゆみが話す日本語は、かなり文法がめちゃくちゃだ。日本語がわからない単語は、会話の中に英語が混じっていた。

クイーンズの日本人学校
隆がずっと通っていた、卒業したクイーンズ州の日本人学校は、学費も割と高い私立の学校だった。

由香の決断
クイーンズの日本人学校は、由香の母校でもあるし、由香もゆみのことを日本人学校に通わせたかったが、色々考えて現地の公立学校に通わせることに決めた。

母は強し
隆は、ゆみを現地の小学校に通わせた事を後悔していた。しかし、リモートとはいえ、普段の日常からゆみとよく接している由香は全然後悔していなかった。

初登校
今日は、岡島さんの子供たちのニューヨークでの初登校の日だ。隆も、朝のうちだけ初登校に付き合ってから、マンハッタンの会社に出勤する予定だった。

ゆり子先生
中山ゆり子先生は、クイーンズの日本人学校とPS24小学校で学校事務を担当している先生だった。

やんちゃだった隆
中山ゆり子先生は、隆がクイーンズ日本人学校でまだ小学生だった頃からずっと知っている先生だった。

少年時代
隆とゆり子先生とは、隆が小学生だった頃からの付き合いだ。ゆり子先生には、隆がどんな少年だったか、たかしの少年時代を全て知られていた。

PS 24の教室
ゆり子先生は、岡島さんの子供たちを連れて、それぞれの教室へと案内した。教室の生徒たちは、アメリカ人が多く子供たちは緊張し始めていた。

ミラー先生
桐香は3年生。3年のミラー先生が担任を務めるクラスに振り分けられた。ミラー先生のクラスは、アメリカ人の生徒も多かったが、日本人の生徒も何人かいたので、桐香は割と早くクラスに打ち解けられた。

マスタング先生
ミラー先生は女の先生だったが、2年生の由香のクラス担任のマスタング先生は男の先生だった。マスタング先生のクラスにも日本人の生徒が在籍していた。

ロースチン先生
ロースチン先生も、ミラー先生と同じ女の先生だ。ロースチン先生は、ゆり子先生から長男の良明が自分のクラスだと聞くと、良明を自分の教室に連れていった。

キンダーガーデン
京香は、上の3人と違って、まだ小学生ではなかった。幼稚園の年長さんだ。アメリカでは、幼稚園の年長はキンダーガーデンという。

京香ちゃん
京香は、岡島さんの3姉妹の中で一番度胸があった。キンダーガーデンのクラスには、日本人の生徒が1人もいなかったのに、京香はアメリカ人ばかりの生徒の中に堂々と入っていった。

ミセスロースチン
日本では、学校の先生のことを、中山ゆり子ならば、中山先生と先生を付けて呼ぶ。アメリカでは、先生は付けずに、既婚の女の先生ならばミセスロースチンと呼ぶ。

ヨシュワキー
ミセスロースチンは、日本人の良明という名前をうまく発音できないでいた。ヨシュ、ヨシュ、ワキー、名前はアルファベットでは書かれているのだが、どう発音して良いかわからなかった。

日本に行ったことない日本人
ゆみの両親も、兄も日本人なのだ。だから、自分だって日本人なのに、先生に差し出された日本人の子の名前がうまく読めなくて悔しかった。

隣の日本人
ゆみの隣の席だったシャロルは、マイケルの横に席を移した。そして、ゆみの隣の席には、ヨシュワキーが座ることとなった。

1人ぼっちの日本人
ゆみのクラスは、5年生の学年の中で、英語の授業が一番優等生のクラスだった。そのため、クラスには、ゆみ以外の日本人の生徒は誰もいなかった。

待望の日本人
ゆみは、日本人だけど日本語の読み書きができない。ゆみには、日本人の兄がいる。その兄に、日本語が下手くそだなと言われることがたまにあった。

苦手な日本語
マイケルは、ゆみが日本人だけど、アメリカで生まれ、日本には行ったことがないことを知っていた。だから、彼女は日本人でも日本語がうまく話せないんだと理解していた。

日本語の克服
ゆみは、転校生のヨシュワキー君にもっと日本語を教えてもらおう、そしてもっと日本語を上手に話せるようになるんだと決意していた。

ランチタイム
午前中の授業が終わって、お昼のランチタイムになった。ランチタイムは、学校じゅうの生徒が地下にある食堂に移動して、皆そこで食事をすることになっていた。

手話
ゆみが、いろいろと日本語の発音を変えて話しかけてみるのだが、ヨシュワキーには、余程、日本語が下手なのか、ゆみの日本語が通じていないようだった。

言葉はいらない
言葉なんて通じなくても、身振り手振りでコミュニケーションなんてどうにもなるようだ。ゆみは、良明の手を繋ぐと、強引に引っ張って食堂へと案内した。

アメリカのお弁当
アメリカのお弁当は、食パンにハムやチーズなどを挟んだサンドウィッチをジップロックに入れて、小さめの缶ジュースとともに茶色い紙袋に入れて持参する。

お弁当を忘れた
ランチタイムだというのに、今日から転校して来たばかりのヨシュワキーだけは、お弁当も食べずに、ただ黙ったまま、食堂のベンチに腰掛けていた。

おみやげ
お弁当を持ってくるのを忘れたヨシュワキーに、ゆみは自分のサンドウィッチを半分あげたのに、結局ヨシュワキーはもらったサンドウィッチを一口も食べなかった。

由香お母さん
ゆみの両親は、ゆみが幼い頃に交通事故で亡くなっているので、ゆみには両親がいなかった。18歳差の兄が親代わりで、兄と2人暮らしだった。

母との会話
ゆみが学校から帰っても、兄は会社に行っているため、1人だった。兄が帰ってくるまで、ゆみは、よく日本で単身赴任しているお母さんとリモート会話していた。

学校でのお話
ゆみは、日本の会社で働いている由香お母さんは、お兄ちゃんと共働きで、日本へ単身赴任している感覚でいた。

ゆみの日本語
日本から貿易の拠点であるニューヨークに転勤になる日本人は多かった。転勤の父親と一緒にニューヨークに引っ越してくる家族、日本人の子供たちも多かった。

中国人
ゆみは、由香お母さんにもっと日本語が上手に話せるようになりたいと聞いてみた。由香お母さんは、ゆみの日本語は決して下手じゃない、上手よと言ってくれた。

日本人と中国人
日本人と中国人は見た目がよく似ているから、ヨシュワキー君は中国人らしい。だから、日本語で話しても言葉が通じなかったのだった。

中国人名
日本人にヨシュワキーなんてロシア人みたいな名前の人はいないだろう。そのことからも、ヨシュワキーが日本人ではなく中国人であることはわかる。

はじめに話す相手
ゆみが学校であった話は、まず最初に由香お母さんに話していた。兄の隆は、ゆみの学校での出来事を由香を通して知ることが多かった。

/

/

/

読進社書店 新刊コーナー

Copyright © 2016-2023 Karuizawa Times – 軽井沢タイムズ All Rights Reserved.

Produced by 読進社 Designed by 今井ゆみ | 利用規約 | プライバシーポリシー.